平成十八年十月二十九日、曇り後晴。
友人と二人で土豫国境・伊豫富士の東、高知県本川村の鷹ノ巣山(一五九六・二㍍、以下、主峰という)と同・西峰(一六二〇㍍)を目指す。この山塊(国有林)を村道瓶ケ森線から見ると、四つのピークがあって右から主峰、二つのピーク、西峰と続くが、その山容は、いずれも鷹が巣作りをしそうな又は鷹の巣のような格好をしているのである。登山途中、笹薮の急斜面を喘ぎながら攀じていたとき、前方上空にクマタカのような大鳥が舞っていたのが見えたので、やはり山名通り鷹が棲んでいるのではないかと思ったことである。
上 空 に 寒 風 山 ( カ シ バ ー ド 3 D )
付 近 全 体 図 |
登 山 詳 細 地 図 |
この日、高知市を八時十六分に出発。国道三十三号線を西に進み、伊野町から国道一九四号線に入り、新寒風山トンネル手前で村道瓶ケ森線に乗り換え、鷹ノ巣山登山口(一四二五㍍)に十時二十五分着、二時間九分を要した。この登山口は、寒風山登山口から四・六㌔西に進んだ地点の二股に分かれた谷にある。付近の木に目印が付けられているが、注意しながら進まないと見逃す虞れがある。
十時三十七分、登山開始。いきなり西に向かって左の谷の四十度位の急斜面の道なき道を直登する。始めは滑りやすい岩地だが、次第に立木が混ざったクマザサ原になる。十一時十分、南北の尾根筋(一五〇〇㍍位)に達する。
ここから北に向って支尾根の直登に入る(標高差一〇〇㍍弱)。
道はなく、微かな踏み跡と尾根筋を頼りに腰の高さのクマザサとツツジ類の小枝を振り払いながら、四十度を越す斜面を攀じ登る。距離は長くはないが、これが延々と山頂に至るまで続くのである。クマザサと小枝に顔を突っ込むような姿勢での登攀になるので、ササの枯葉の断片が二度も眼の中に飛び込むし、小枝に顔面を厭というほど引っ叩かれたりした。突然、車の警笛の鳴るのが聞こえたが、これは聊か興醒めである。村道は悪戦苦闘している此処とはそれほど離れてなく、振り返れば立派な舗装道路がすぐそこに俯瞰されるのである。
このようなとき、上空にクマタカのような大鳥を見かけたのである。周囲はブナ、ツツジ類、カエデの紅葉が美しい。全体にツツジ類が多く花の季節はさぞかしと思わせるほどである。帰路の道筋を明確にするため、友人が丹念に赤テープを付けていたが、いつの間にか遺失していた。ササを掴みながらの登りなので止むを得ない。もう一つ持参していたが、残りが少ない。
十二時二十分、痩尾根の東端に躍り上がる。
この尾根は西にずっと続いており、幅は一㍍位、南北は鋭く谷へ落ち込んでおり恐ろしい程だ。名称不明の密集した柔らかな草が生えており、これが滑りやすい。石楠花が多い。北には木々の枝越しに寒風山、笹ケ峰等が見える。しかし寒風山は西側から盛んに雲が湧いて頂上付近に吹き上がっているので、山容の上半分は見えない。この状態は下山するときも、帰路、村道から見たときも同じであった。
この痩尾根を注意深く西に五分進んだ十二時二十五分、三等三角点(選点・明治三十五年)のある山頂着。一時間四十八分を要した。ここも南北一㍍余りの痩尾根で、これは東西に一〇〇㍍位続いているようだ。高い木がないので日陰がない。ここからも北に展望が開けており、北西に一六四九㍍の無名峰の鋭い山容が見える。
十三時十分、西峰に向う。痩尾根はなくなるが、やはり道はない。クマザサとツツジ類、ブナ、モミ等の中を尾根の北側をトラバースするように進む。目印は全く付けられてないし、テープが品切れで付けることもできない。微かな踏み跡を頼りに進む。同二十八分、第一のコブ、同五十分、第六のコブを越えて鞍部に降りたが、南面に幅三㍍位の岩壁の割れ目が垂直に落ち込んでおり、その様相は地獄のように凄まじい。見ていると足が震えてくる。
十四時丁度、西峰着。五十分を要した。直径五㍍位の円形の広場になっており主峰とはまた違う雰囲気で感じが出ている。モミの群生が特徴的で、これにツツジ類、石楠花が混じる。見晴らしは余りよくない。北西にやはり一六四九㍍の無名峰の鋭い山容と伊豫富士が見える。
広場の北面に「主三角点」と彫り込まれた石柱がある。ここは主峰より二四㍍ほど高い。(注、主三角点は、林野庁の前身であった農商省山林局が明治初期に埋設した。これは藩籍奉還、公有地の民間への払い下げが相次いだので、租税徴収を円滑ならしめる目的で、所有権の確定と正確な面積を割り出すために行ったものである。国土地理院による基準点設置は、主三角点設置の十数年後という。一三〇年位を経過していることになる)
十四時十五分、下山開始。日没が十七時十八分だから余りゆっくりはできない。途中、所々で道筋を誤るが、尾根筋を外れないことに留意すれば心配はない。同五十九分、主峰着。復路は四十四分を要した。
十五時四分、主峰から下山開始。ここからは登りのときに印を丹念に付けたので安心して歩ける。所々でササに腰を下ろしてそのまま滑降したが、この方が早く安全であり、歩行はかえって危険な所もあるのである。紅葉や南の山々の景色を楽しみながら、十六時丁度、登山口着。登り時間の半分に当たる五十六分だったが、これは往路のきつさとルート探索等に時間を要したことによる。
この山塊は、スリルに富んでいる。全コースに亘って道はなく、登山口から主峰まで四〇~四五度の急斜面をクマザサやツツジ類を掻き分けて登攀する厳しい道中である。また、主峰付近の痩せ尾根の特異な地形、西峰に至る多くのコブ越えと絶壁の割れ目、珍しい「主三角点」の埋設等、多様で冒険的な山である。主峰までは要所に印を付けたが、西峰へのコースには付けられなかったので、道筋の誤認に注意が必要である。
(平成十八年十一月記)