平成十八年十一月一日、快晴。
友人と二人で石鎚山から直線距離で二・二㌔南東にある「鶴ノ子ノ頭」(つるのこのかしら、一六三七・一㍍)に登った。この日、この山系の展望が極めてよかったので、村道瓶ケ森線のあちこちで紅葉を眺めたり、写真を撮ったりしている内に、何時の間にか土小屋まで足を伸ばしてしまった。少し時間が余ったので、この山に登ることにしたもので始めから計画したものではない。
八時二十三分高知市発。村道瓶ケ森線に入り、十一時五十分、土小屋の国民宿舎駐車場着。ここから鶴ノ子ノ頭が指呼の間にある。
詳 細 登 山 地 図 |
十二時丁度、登山開始。登山道は石鎚山への道と同じで、石鎚から降りて来る人達が多い。鶴ノ子ノ頭の東側山腹を縫うように進み、適当な谷から南に直登するつもり。この山には、もともと登山道などという洒落たものはないのである。
同十七分(歩行距離約八五〇㍍)に第一の谷に来たが滑りやすい岩の谷だったので止める。同二十二分で(歩行距離約一一〇〇㍍)第二の谷だが、これがよかったかも知れない。
さらに進み、同二十七分、第三の谷(歩行距離約一三五〇㍍)に来た。歩行距離からすると、第二の谷が適当と思われたが、元へ戻るのも癪だと、第三の谷(標高・一五六〇㍍)を選んだ。地図と照合して、ここから直登すると一五八五㍍の尾根に出るはずなので、ここから山頂まで南東に尾根道を進む腹づもりである。
とにかく尾根に出れば見当が付くだろうと同三十分、登りだした。直ぐにクマザサ原に入るが、前方に大きい露岩が見えたのでこれを目標に登って行き尾根に出てみると、尾根筋には露岩が幾つかあって歩行が困難なことが判った。そこで、露岩を避けて、その下(東面)をトラバースするように進んでいく。一度は岩壁の上に出て断崖になっていたので後退したこともあった。それ以後は露岩がなくなるまで腰までくるクマザサを掻き分けて斜めに登って行く。この姿勢は滑るし足首がグラグラするので結構歩き難いのである。
露岩は幾つかあり、これが見えなくなった所で、尾根を目掛けて直登する。十三時五十八分、やや痩せた深いササの尾根筋に飛び上がる。ここまでなんと一時間二十八分も要した。
この尾根筋からの展望が実に素晴らしい。北西に圧倒的な迫力で迫って来る石鎚とこれに追従するような二ノ森、南には石鎚スカイラインが見える。
付近はモミと白骨林が多く、ここも目を見張る景色である。この尾根筋を東に進むと十四時十分頂上に着く。国民宿舎の登山口から二時間十分を要した。
山頂付近は直径二㍍位の円形に刈られており、三等三角点(点名・土小屋)がある。南北は鋭く谷に落ち込んでいる。直ぐ北に五葉松、やはりモミや白骨林が多い。ヒメシャラもある。なんとなく「鶴ノ子ノ頭」と命名した理由が判ったような気がした。ここから五分位、東に行くと急に南東方面の視界が開け、土小屋、岩黒山、筒上山、国民宿舎に駐車してある私共の車まで見える。これから先、尾根道を下る踏み跡が見えたが、時間があれば探索しただろうと思う。まさか、土小屋へは通じてはいないだろう?
十四時五十五分、下山開始。十五時二十三分、トラバースが終わり、谷を直降して同三十二分に登山口着。わずかに三十七分である。登り降りに倍以上の時間差がついたのは、あちこち道筋を探したたり、丹念に目印を付けたり、間違った道筋に付けた目印を外したりしたためである。トラバース途中、下方で石鎚から降りて来る人達の姿が二度見えたが、その都度、美しいササの傾斜が谷に滑り降りていたのが見えた。ここをいきなり下降したいという強い誘惑に駆られたが、これが正解だったかも知れない。
十五時四十五分、登山口を出発して石鎚への道を下る。途中、私共が第二の谷付近で上を眺めていたとき、石鎚から下山して来た中年男女四人のパーティに出会った。「どちらへ?」と聞くので、「鶴ノ子ノ頭」と云うと、「そんな山がありましたか?」と首をかしげたので、この上の山だというと驚いた顔をして「自念子ノ頭というのは聞いたことがありますが…」と頭を捻った。「道がないササ漕ぎだが登ってみたら…」と水を向けると、「道のない山は嫌!」と女性の人が微笑みながらかぶりをふった。
十六時十二分、国民宿舎駐車場着。山頂から実質一時間四分を要したことになる。
この山へ登るのに土小屋の国民宿舎の登山口から約一三五〇㍍行った谷から登ったが、ここから五分位(二五〇㍍)戻った所にある谷(一五五〇㍍)から標高差九〇㍍を直登するルートもあるのではないかと思った。このルートなら山腹のトラバースが殆ど必要でなくなる。しかし実地検証をしたわけでないので確証はない。来年、このルートを試してみようと話し合ったことであった。
この日の日没は、十七時十七分である。十六時二十六分、国民宿舎から村道を引き返したが、暮色が迫る石鎚山系は格別の美しい光景だった。伊予富士を過ぎる頃、猿二匹の見送りを受けるという御まけまで付いた。
(平成十八年十一月記)