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石楠花の三方山

平成十八年九月二十四日、晴。

友人と二人で、仁淀川町の三方山(一一四六・八㍍)と同・西峰(一〇八四㍍)を目指す。以前にウバホド山(伊豫・大川嶺の隣り)へ行ったとき、遠く鳥形山の北で異様に尖った山(三方山)があるのを見て、登頂の機会を窺っていたのである。この山の名前は、西峰の形<供物を載せる台>に由来するのだろうか?



鳥 形 山 展 望 所 か ら 見 た 三 方 山 (右)、同 ・ 西 峰 (左)、
登 山 口 の ア カ ラ ギ 峠 は , 右 端 の 崩 壊 地 の 下 付 近


都 か ら 見 た 三 方 山 ( 右 端 ) 、 中 央 が 同 ・ 西 峰

詳 細 登 山 地 図

赤 旗 が 三 方 山


この日、八時十九分、高知市を出発。国道三十三号線を西に進み、大渡ダム堰堤を通過して、西谷石神峠線に入り、アカラギ峠(九七〇㍍)の登山口に十時十四分着(六六・一㌔)。一時間五十五分を要した。登山口の小龕には二基の地蔵様が鎮座しており、一基には「馬頭かんのん 上州渡田村吉弥立」の彫り込みが微かに見えるが、もう一基は判読できないほど擦れている。ここはその昔、安徳天皇が都地区へ向かわれる途中、このアカラギを越えられた。千古の樹林を縫っての旅路だったので、アカラギを越されるとき、急に明るみへ出、思わず、ここを「アカラミ」と宣われてから、何時しかアカラミが訛って、アカラギの地名になったと伝えられる。ここから鳥形山を左に見て、宮古野の背面へ下り、都の行在所へ、つつがなく安着し給うたという謂われがあるところである。



ア カ ラ ギ 峠 の 登 山 口


十時二十五分、登山開始。いきなり四十度位の急斜面を這い上がる。なんと眼前に蝮がいて目が合ったのでギョッとしたが、その内ににょろにょろと右に這って行った。その時フト、これは前途多難の前兆ではないかと思ったが…正にその通りになったのである。


ここからは支尾根の遠慮のない厳しい直登で、左はここら付近特有の肌色が鮮やかなヒメシャラ等が混在する自然林、右は檜の植林になっている。登山道は先ず先ずだが、少し広くて掴まる木が遠くなる関係で足が滑る。



 


 左右の潅木の枝がしだれ掛かっているので払い除けながら進む。振り返ると、南に鳥形山方面がちらちらと樹間から見えるが、総じて展望はよくない。十一時十二分、傾斜のきついつるつるの平らな岩場があり、ビニールロープが垂らされていたが、古いので掴まるのを躊躇う。トカゲのような恰好でへばり付きながら這い上がる。道は次第に藪化して潅木の小枝を掻き分け、潜り込みながらのきつい登りになる。

やがて尾根道へ躍り上がり、西へ二十㍍位行くと三等三角点の頂上である。十一時三十一分、一時間六分を要した。南は自然林、北は檜の植林で見通しは利かない。三㍍四方の広場の北に小さな祠がある。「奉斎山積之命靈 平成十年十二月吉日 仁淀村猪倶楽部」と書かれた護符が奉安されている。設置場所を直し、祠や周囲の清掃をする。トタン張りの屋根が後へ吹き飛ばされていたが、これは修理の仕様がない。




 


昼食を済まし、十二時二十一分、これから西峰を目指し約八〇〇㍍に亘る尾根道の縦走に入る。道筋は一部を除いてはっきりしている。

ここから西峰まで道の両側は石楠花が多いが、その範囲は尾根筋に限られているようである。道に生えているもの、覆い被さるもの、長い石楠花のトンネルになっている所もあり、背丈は一~二㍍と低いが、延長八〇〇㍍に及ぶ植生と密度が素晴らしい。大木になっているのもあった。花の時期にもう一度来てみようかと話し合った。




石 楠 花 の ト ン ネ ル 道


石 楠 花 の 道 を 行 く


山頂から直ちに下降し、同三十分にはコブを通過する。ここには、「七四」の彫り込みのある石柱があった。同三十五分、平坦な道を進むが歩き易い。同五十五分、急降下して行く。前方に西峰の東端の山容が見える。


鳥 形 山 方 面


 左には鳥形山や葉山の羽根がゆっくりと回転している風力発電機が数基、ちらちらと望見される。十三時十二分、岩場に突き当たる。その手前の絶壁を滑り降りるしかなかったのだが、ここへは丹念に印を付けておくべきだった。帰りにえらい目に会うことになる。


絶 壁 の 降 下


 降下して左に曲がりさらに鞍部に降りていく。同二十五分、西峰の東端の凹部に来る。

ここから殆ど絶壁に近い自然林の中を、立ち木に掴まりながら直登する。道ははっきりしないが、前方に透けて見える山の中心を狙って攀じ登る。同四十五分、尾根に飛び上がった。


瘠 尾 根 。 中 央 に 露 岩


西 峰 へ の 痩 尾 根 道


 ここは南北三㍍、幅一㍍位の痩尾根で、北は檜の大木、南は露岩、西は鋭く谷へ落ち込んでいる。ここで進路が窮まったと思ったが、露岩を右に巻く痩尾根道があった。ここからは平坦になって歩き易い。

十四時丁度、西峰(一〇八四㍍)山頂に着く。三方山から一時間三十九分を要した。ここは二㍍四方の広さの痩尾根で三角点はないが、プラスチック製の「筆界基準」杭が打ち込まれており、その横に古びた赤白の木製直ポールが転がっていた。付近を清掃をして持参の吊り札を近くの木に取り付けて記念とする。展望は利かない。西にさらに下降する道が続いている。



西 峰 山 頂 の 石 楠 花


痩 尾 根 の 西 峰 山 頂


十四時十分、下山開始。痩尾根からの急坂を滑り降りるとき、前方上空に隣りの一〇七六㍍のピークが迫っているのが見えるが、これを登らなければならない。前述の岩場下へ来たとき、取り付く道が判らなくなった。ここで十五分位迷走。暫らく座り込んで山容を眺めながら記憶を辿った。ようやく踏み跡を発見して絶壁を這い登った。十五時十五分、三方山に戻る。一時間五分を要したが、迷走時間を差し引くと五十分位になる。

同二十六分、下山開始。ここで又迷った。山頂から二〇㍍位東に進むと道を遮るように直径四〇㌢位の腐りかけた倒木があり、これに白いテープが巻かれている。ここから右に向って下降するところまでは確かだが、さて、その入り口が判らない。あちこち歩いてみたがどうも登って来た道と違う。倒木の所で座り込んで考え直した結果、赤テープが近辺にあったことを思い出した。そこで三㍍位下がりながらきょろきょろと透かして覗き込んでいると、左前方に赤テープを発見。そこへ行くと果たして道が掩蔽されていた。潅木の小枝が道を覆い隠していたのである。十五分後の十五時四十一分、改めて下山開始。十六時二分、ロープのある岩場、同三十五分登山口着。五十四分を要した。

同五十五分、帰途につく。自宅には十八時四十五分着。


三方山までの登山はなんということもないが、この山の魅力は西峰に至る尾根筋の石楠花である。これ位、長距離に亘ってしかも密度が高く生息しているのは珍しいのではないかと思う。ただ開花期(五月中下旬?)にどの程度咲いているのかは判らない。来年、検証しようということになっている。

なお、この山には二か所、迷いやすい所があり、何れも復路に特に注意しなければならない。

(平成十八年九月記)