平成十九年十一月十四日。晴天、朝曇り。
友人と二人で工石山から西に走る尾根筋の北方、土佐町の石原新山(いしはらしんざん、九七九・三〇㍍、四等三角点)とその南方の尾根筋、土佐町と旧土佐山村の境界にある石原山(いしはらやま、一〇〇六㍍、図根点)を目指す。石原新山は国有林で林相は複層林 になっている。また、石原山は鏡ダムの水源保養林として高知市が管理する眺望のよい山である。途中まで小径はあるが、それからは道がない。
詳 細 登 山 地 図 |
この日、八時三十分、高知市を出発。北に進み、県道十六号線に入り旧土佐山村平石を経て九時十六分、赤良木トンネル出口の直ぐ左にある「石原林道」入口で駐車(八五〇㍍)。ここまで二十三・五㌔、四十六分を要した。この林道には二つのゲートがあり、二つ目のそれは施錠されている。許可を貰っていたので鍵を開け、同三十二分、車で出発。舗装はされていないが、かなり整備されており、道幅が狭いのでゆっくりと走る。十時三分に林道終点手前で駐車、延長四㌔、三十一分を要した(八五〇㍍)。この道には高低差は殆どない。右に恐ろしげな岩場があり、その先は断崖になっている。北方に展望が開けて岩躑躅山、早天山、野地峰等が望見される。
登山口は林道終点の左側にある。十時二十分、登山開始。日当りのよい間伐された複層植林の中のはっきりした小径を進む。同四十五分、道がなくなったので、ここからは左折(南)して道のない植林地を直登する。間伐された植林地に若齢の檜が植えられている。(下図参照)
ここら辺りは四〇㌢位の桧が植えられ、背の低い雑木の中に野ばらが散在する。十一時、再び植林の中へ入る。ここから南に樹の間から透けて見える山容を目指しながら直登していくと、同五分、いきなり石原新山の三角点に突き当たった。登山口から四十五分を要した。
辺りはあまり人が入った痕跡がなくかなり荒れていたので、早速清掃に入る。三角点を中心にして三㍍位の円形になっており、北に根こそぎになった倒木とその向うは植林、南は自然林となっており、展望は全く利かない。地形的に見て、仮に周囲の樹を伐採しても展望は利かないだろうと思った。なんとなく周囲に圧迫されているような雰囲気がある。
十一時三十二分、ここを出発して、さらに南に向って石原山を目指す。やはり道はない。同四十二分、藪の自然林をさばきながら進んでいくと、やがて植林に入る。ここを一度降下して登り返して行くと、俄かに眺望が開け石原山山頂に着いた。二十二分を要した。ここは東は工石山、西はつつじが森に通じる尾根道が走っている。三角点はないが、高知市が埋設した高さ四〇㌢位の図根点があり、「一三〇」の彫り込みがある。これは高知市が各所に埋設した図根点の一三〇番目の石柱という意味であろう。
この外に三つの石柱があるが、いずれも境界標識である。ここだけで云うと尾根筋の北は国有林で植林、南は自然林で高知市の領分になっている。なぜここに高知市の所有地があるのだろうか?多分、鏡ダムの水源保養林として管理するために高知市が所有していると想像されるのである。図根点の周辺はかなり荒れて藪化していた。ここ数年、人が入っていないと思われた。早速、ここでも清掃してどうにか恰好をつけることができた。(野ばらがやたらに繁茂しており手に棘が刺さり帰宅してから毛抜きでひき抜いた。)北と西に展望が開けている。尾根道が見えるので、少し歩いてみたが、かなり荒れており、やはり野ばら多い。
十三時三十二分、下山開始。途中、石鎚山、子持権現山、白髪山、野地峰等が見える。ここから見る野地峰は山頂がないように見え、やはり山頂が峠になっているのがよく判る。同五十分、石原新山頂上を通過、同五十七分に直登を開始した地点に着いた。十四時四分、植林の大木がなくなる所では、北に展望が開ける。下辺に土佐町に棚田が見える。再び歩き易い登山道に入り、同三十三分に登山口に着いた。石原山から一時間一分、石原新山から四十三分を要した。
十四時五十五分、駐車地を出発。十五時二十六分、第二ゲート着、施錠して第一ゲートを通過し県道十六号線に入った。この林道からは、北方に展開する四国山脈の峰巒と、東に三辻山、南に西工石山の美しい山容を見ることができるのである。
ところで、この山に私共は北から登ったが、南から入るルートもあるらしい。赤良木トンネル入口(八四〇㍍)から南へ「ふるさと林道工石線」に入り、よく整備された道を南下しながらさらに西方向へ進んでいくと、オモダ集落がある。ここから作業道大ジリキ線を終点まで進む(六八〇㍍地点)。ここからさらに小径を一・五㌔歩くと、石原新山に至るという。私共は帰路、ここに立ち寄って探索をしたが、作業道はかなり荒れており、途中で通過不能になる。しかもこの付近から見上げる石原山山塊は自然林で上空から被さって来るように聳えており、標高差はゆうに三〇〇㍍を超えて登頂にはかなりのアルバイトを強いられるように思われた。これを見た途端、その凄さにここから登る意欲を完全に喪失した。しかし上空の山塊を見ていると、鏡ダムの水源保養林として管理する重要性を強く認識させられたのである。自然をそのままで保護しながら残す事の大切さである。